2008年08月07日
鬱病への理解
鬱病で突然帰国してしまった外国人の男の子からメールがきた。
「いつか元気になったらメールするから。」
と言っていたので
「もう回復してきたのかしら?」
と思いながらメールを開いた。
「うそ・・・・・・。」
メールを読みながら,わたしは思わず声に出してつぶやいた。
「今月の末に,日本にもどろうと思う。」
そう書いてあったからだ。
彼の国はとてもとても小さな国で
貧しい人々も多いけれど,
家族で力を合わせて
つつましく幸せに生きているという。
そういう国だから
鬱病でも,みんなに支えてもらいながら,
ゆっくり静養できるのかもしれないと
わたしは勝手に思っていた。
でも,それは違った。
鬱病患者がいないために
全くと言っていいほど鬱病に対する理解がなかったのだ。
彼は会う人会う人に
「なんで帰ってきたの?」
「頑張りがたりない。」
「せっかく行ったのにもったいない。」
「ただのホームシックでしょう?」
「心が弱いからそういう気持ちになるんじゃない?」
「せっかく行けたのに,帰ってくるなんて,わがままだね。」
彼はお父さんやお母さんにさえも
「困ったねぇ。」
「なんとか頑張れなかったのかい?」
と言われたという。
彼は非常にショックを受けたのだろう。
「日本に帰りたい。日本人はみんな優しかった。」
と書いてあった。
ついこの前まで
「もう日本には来ないと思う。」と言ってたのに,だ。
日本人の中で生活することで
その生真面目さや厳しさや細かさに疲れきった彼。
やっとのことで国に帰って
鬱病なんて気の持ちようだ!と理解されなかった彼。
本当に彼は帰ってくるのだろうか。
鬱病が病気であることを
彼の国の人々が理解するのは難しいのかもしれないが,
果たしてそんなにすぐに日本に帰ってきて
大丈夫なんだろうか。
「居場所がない。」という彼。
わたしの妹が手首を切ったとき
「わたしの生きる場所が見つからない。」
と泣きじゃくっていたのを思い出す。
「いつか元気になったらメールするから。」
と言っていたので
「もう回復してきたのかしら?」
と思いながらメールを開いた。
「うそ・・・・・・。」
メールを読みながら,わたしは思わず声に出してつぶやいた。
「今月の末に,日本にもどろうと思う。」
そう書いてあったからだ。
彼の国はとてもとても小さな国で
貧しい人々も多いけれど,
家族で力を合わせて
つつましく幸せに生きているという。
そういう国だから
鬱病でも,みんなに支えてもらいながら,
ゆっくり静養できるのかもしれないと
わたしは勝手に思っていた。
でも,それは違った。
鬱病患者がいないために
全くと言っていいほど鬱病に対する理解がなかったのだ。
彼は会う人会う人に
「なんで帰ってきたの?」
「頑張りがたりない。」
「せっかく行ったのにもったいない。」
「ただのホームシックでしょう?」
「心が弱いからそういう気持ちになるんじゃない?」
「せっかく行けたのに,帰ってくるなんて,わがままだね。」
彼はお父さんやお母さんにさえも
「困ったねぇ。」
「なんとか頑張れなかったのかい?」
と言われたという。
彼は非常にショックを受けたのだろう。
「日本に帰りたい。日本人はみんな優しかった。」
と書いてあった。
ついこの前まで
「もう日本には来ないと思う。」と言ってたのに,だ。
日本人の中で生活することで
その生真面目さや厳しさや細かさに疲れきった彼。
やっとのことで国に帰って
鬱病なんて気の持ちようだ!と理解されなかった彼。
本当に彼は帰ってくるのだろうか。
鬱病が病気であることを
彼の国の人々が理解するのは難しいのかもしれないが,
果たしてそんなにすぐに日本に帰ってきて
大丈夫なんだろうか。
「居場所がない。」という彼。
わたしの妹が手首を切ったとき
「わたしの生きる場所が見つからない。」
と泣きじゃくっていたのを思い出す。


